高山の池や湖はどのようにできたのか?


 
岳人』1996年8月号(no.590)p.48-49.特集“水うるわし日本の山”より

登山に安らぎをあたえる高山湖は何故できた?

変わりゆく地形に現れる魅力あふれる現象,それが山上湖,湿原だ 

中野 俊

 大地は生きている.山が動いて凹地ができれば水がたまる.単純に分類すると,氷河作用による凹地,火山活動による凹地,断層活動(重力性正断層)による凹地,さらに,地すべりや火山から流れ出たものが谷をせき止めたせき止め湖(天然のダム湖)である.また,起伏の少ない平坦面が形成されれば,水はけが悪いとそこには池溏が発達したり湿原が出現する.これらを北アルプスを中心にみてみよう.

 氷河に削られてできた凹地の代表例は,カール(圏谷)である.氷河に削り取られた岩塊は氷河の末端に運搬されモレーン(堆石)を形成し,氷河が消え去るとその中の凹地やカール底に水がたまる.氷河湖とか氷食湖と呼ばれ,氷河時代の遺跡である.野口五郎岳の五郎池,槍ヶ岳付近の天狗原の天狗池や穂高連峰の涸沢の池はこのようにしてできた. 北アルプス以外では中央アルプスの濃ヶ池がある.

 火山が噴火してできた火口は,周囲を急崖に囲まれた円形をしていることが多い.一般に古い火口ほど取り囲む斜面は緩やかになってくる.これらにできた湖沼を火口湖と呼ぶ.立山のみくりが池・みどりが池,鷲羽岳南西斜面の鷲羽池,乗鞍岳の権現池・亀ガ池,焼岳山頂の池などである. 北アルプス以外では鳥海山の鳥海湖,蔵王のお釜,吾妻山の五色沼,草津白根山の湯釜や弓池などがある.

 稜線付近に発達する舟窪とか雪窪と呼ばれる線状の凹地は,学術的には多重(二重)山稜または線状凹地という.かつては周氷河作用(雪食)によってできた地形であると考えられていたが,最近の研究では山がずれた正断層によってできたことがわかってきた.急激な隆起と浸食により上昇した山が自分の重さを支えきれずに,側方へ膨らんで稜線部分が落ち込んで生じた低断層崖が二重三重の稜線のように平行に並んでいるのである.これらの断層崖はあまり長くは続かず,ここにできた水たまりは小さな池になっていることが多い.烏帽子岳周辺の池,蝶ヶ岳の蝶ノ池,後立山の種池・冷池などである.

 せき止め湖は,さまざまな要因で形成されている.火山から流れ出た溶岩などが直接河川をせき止めることもあれば,地すべりや地震による山崩れによってもせき止められる.火山活動によってせき止められた例としては,溶岩ドームがせき止めた白馬大池や風吹大池,溶岩流がせき止めた乗鞍岳の五ノ池や大丹生池がある.立山カルデラ内の多枝原池は,安政5年の鳶崩れでせき止められて生まれた池である.大正4年の焼岳の噴火の際に,流れ出た土砂が梓川をせき止めて大正池をつくったことは特に有名である.上高地そのものも,本来岐阜県側に流れていた梓川を焼岳火山が成長して流路をふさいで大きな湖が形成されたのが,やがて排水されて現在のような姿になったと考えられている.また,北アルプス以外では,尾瀬ヶ原・尾瀬沼も燧ヶ岳の火山活動が只見川をせき止めて形成された湖沼に由来し,また,明治21年の磐梯山の噴火では小磐梯が崩れ,裏磐梯に桧原湖や秋元湖が生まれている.東北の朝日山塊の大鳥池は地すべりがせき止めてできたと言われている.

 地すべり地塊や氷河に関連した堆積物は谷をせき止めるだけでなく,その表面に凹地があれば湖沼や湿地が形成されることがある.立山カルデラ内の泥鰌池,高天原の水晶池や竜晶池,鏡平の鏡池はこのようなものである.

 このような高山湖は,土砂の流入や植物の侵入で徐々に縮小し,いずれは消滅する運命にある.湖沼は徐々に浅くなり,湿原となり,やがては草地に変化して樹木が侵入してくる.高山湖ができる作用があったと同様に,つねに消滅に向かう作用が働いている.

 高山の湿原は,高山湖が埋め立てられて形成されるだけでなく,水はけの悪い平坦面にも形成される.最も広範囲に発達するのは起伏の少ない溶岩台地上であり,立山の弥陀ヶ原,五色ヶ原,雲ノ平の池溏群がこれにあたる.(北アルプス以外では,八幡平や苗場山など).そのほか,浸食小起伏面または隆起準平原と呼ばれる地形がある.隆起する以前から存在した平坦面の名残であると考えられることが多いが,氷食地形かもしれない.薬師岳南西の太郎兵衛平の湿原はこのようなところに形成されている.

 最後につけ加えれば,水が豊かな日本の山だからこそ,多くの高山湖や湿原が形成されたといえる.地質学的な時間ではかると,高山湖や湿原は悠久の大地の変化の,ほんの一瞬のことに過ぎないといえるかもしれない.しかし,その儚い現象だからこそ,貴重なものなのだと思う.



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