黒部源流は地学のパラダイス

(2007年7月)

 

 下流域では見事な扇状地地形を作る黒部川だが、その上流は険しい峡谷が下廊下、上廊下、奥廊下と源流まで続く。下廊下周辺は世界的にも非常に若い時代の花崗岩である。花崗岩(=“みかげ石”)はマグマが冷え固まったものだ。黒部ダム建設の際のトンネル工事では、まだまだ冷め切っていないこの岩体(黒部川花崗岩)をくり抜き、その熱で火薬が爆発してしまうほどだった。黒部峡谷の温泉群の熱源は、この冷え切っていない花崗岩なのだ。

 黒部湖の上流ではもっと古い時代の花崗岩となる。図1で赤系や薄紫系の色で塗られているのが花崗岩の仲間だ。微妙に色が異なるのは、少しずつその成分や形成された時代が異なっているからだが、専門家以外はそれほど気にしなくてよい。まとめて花崗岩だ。
 黒部川流域には深田百名山のうち9山があるほど、北アルプスの中でも重要な地域だ。ここでは、このうちでも上流部の上廊下・奥廊下を取り巻く百名山を中心に解説しよう。

図1:黒部源流の陰影付地質図。5万分の1地質図「槍ヶ岳」(地質調査所、1991年発行)に国土地理院の数値地図50mメッシュ(標高)を使用。岩石の種類や時代ごとに色分けされている。おおざっぱに言うと、薄紫系は三畳紀-ジュラ紀の花崗岩、赤系は白亜紀-古第三紀の花崗岩、緑系はジュラ紀-白亜紀の手取層群、薬師岳山頂付近の黄色系統は白亜紀-古第三紀の流紋岩、そして、雲ノ平などの茶系は新しい火山岩。白系はおもに氷河起源のモレーン堆積物。

 

●薬師岳:山頂東斜面のカール(圏谷)群は国指定の特別天然記念物である。カールとは氷河が削ったお椀型の谷頭の地形だ。ここではスプーンですくったような見事なカールが3つ横に並んでいる(図2)。それぞれにモレーン(堆石)と呼ばれる氷河が残した岩屑があり、中には不思議な形状のモレーンもある。しかし、薬師岳の特徴はそれだけではない。地質図(図1)に示されるが、花崗岩の上に手取層群の砂岩・礫岩・泥岩の層が分布し、その上に流紋岩の溶岩や凝灰岩が分布している。薬師岳はカルデラを作った古い火山だったのだ。手取層群は周辺各県で恐竜が発見されている地層である。もちろん、薬師岳からは誰も見つけてはいないが・・。

 

図2:薬師岳のカール。3つのカールが稜線東側直下に並ぶ。

 

●黒部五郎岳:東に開いたカール地形が特徴的だ。まるでノミでえぐったように山頂から東に延びている。カール底を通る登山道では、モレーンだけでなく羊背岩と呼ばれる氷河底で削られて丸くなった岩盤を間近で観察することができる。黒部五郎岳の山頂部500 mくらいの範囲は手取層群の礫岩・砂岩だが、山の大部分は古い時代の花崗岩の仲間だ。

●水晶岳(黒岳):名前の通り、水晶が採れる山だ。分布は狭いが古い時代の石灰岩が熱い花崗岩に触れて熱変成して、スカルンと呼ばれるタイプの鉱床ができているのだ。できている鉱物はおもに磁鉄鉱だが、そこには石英の見事な結晶、すなわち水晶や、ざくろ石もできている。水晶の大きい結晶は長さ10 cmを超えるが、残念ながらその正確な産地は教えられない。登山道周辺には小さなざくろ石や水晶がたくさん転がっているが、もちろんこれらも採取禁止である。なお、この山頂の少し北にはモリブデン鉱石を採掘した大東鉱山があった。北西麓の高天ヶ原山荘はもとは鉱山関係者の小屋だったし、雲ノ平の北を通る大東新道は、これも鉱山道の名残である。なお、水晶岳付近から北の赤牛岳にかけて延びる稜線東側には、いくつも見事なカールが連なっている。

●鷲羽岳:この山の大部分は古い時代の花崗岩である。そして、山頂の南東直下に直径300-350 mのほぼ円形の火口がある。火山でない山の山頂直下に噴火口ができるなんて珍しいことだ。その中に、ほとんど人が訪れない鷲羽池がある。この火口湖がこの山のいちばんのポイントだ。1907年に訪れた志村鳥嶺は「南方眼下に、一小湖水を発見す、こは全く一噴火口なり・・・・鷲羽の噴火口、恐らく何人の耳にも新しき事実なるべし」と記している。鷲羽池火口を中心とする火山を鷲羽池火山と呼ぶ。鷲羽池火山は、西側にある雲ノ平などとともに、鷲羽・雲ノ平火山と総称される。雲ノ平の古い部分の火山は90万年前頃、新しい火山は約30万前から10万年前まで活動していた。鷲羽池火山は12万年前に噴火を始めたことがわかっている。鷲羽池火山はごく最近、1万年以内にも噴火した形跡があるらしい。

図3:雲ノ平溶岩。大東新道から少し沢を登れば、柱状節理が発達した厚い溶岩流が礫層を覆っている。

 

図4:雲ノ平礫層。丸く円磨された礫は、ほとんどが花崗岩や手取層群を作る砂岩泥岩。

 

★ここまで登場した山はいずれも高く、すばらしい。さすが百名山だ。しかし、黒部源流を特徴づけるもう一つの地形は、これらに囲まれて標高が500 mほど低い高原だ。それが雲ノ平である。
 雲ノ平は溶岩台地といわれる。確かに、黒部川に面しては分厚い安山岩の溶岩流が露出している(図3)。従って、火山だ。しかし、下の硬い岩盤、花崗岩や手取層群を直接、溶岩が覆っているのではない。なんと、最大200m近い厚さの軟弱な礫や砂からできている地層が挟まっているのだ。これを雲ノ平礫層という(図4)。この中には遠くから流れて来た火砕流堆積物や雲ノ平火山の活動の一部である火砕流などもわずかに含まれるが、大部分は火山とは関係のない地層なのだ。どうやら当時は川が堰き止められて湖ができていたらしい。
 このあたりには立山火山、上廊下火山、鷲羽・雲ノ平火山の3つの第四紀後半に活動した火山がある(図5)。いずれも火山群と呼ぶのがふさわしいかもしれない。鷲羽・雲ノ平火山の火口は北西-南東に並んでいる。それに対し、立山火山ではほぼ南北だ。その中間に別の火山、上廊下火山がある。これが見つかったのはまだ最近のこと。どうやらこれが雲ノ平礫層を作った犯人らしい。この火山が成長して今の黒部源流部は湖となり、やがて決壊し、その後、雲ノ平のまわりを黒部川が削ったのだ。
 黒部川流域は地形的にも地質学的にも極めて興味深い場所である。氷河の名残があったり、火山の影響があったり、さまざまな現象が急激な山脈隆起を彩る地形の宝庫でもある。

 

図5:黒部源流の火山分布(立山、上廊下、鷲羽・雲ノ平)。赤丸が火口位置。上廊下火山の矢印はもっと稜線方向に火口があったらしいことを示す。

 

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