谷川岳

(2008年10月)

 

 谷川岳は標高が2000mに達せず、また、周囲の山々よりぬきんでているわけではない。それにもかかわらず抜群な知名度を誇るのは、クライマーを引きつけるその地形、一ノ倉沢などに代表される圧倒的な岩壁が取り巻く男性的な山容が魅力だからであろう。

 

 谷川岳周辺の地質をごく簡単に述べると次のようだ(図1)。2000万から1000万年前のグリンタフの時代、浅い水底で火山活動がおこった。その結果、海面下に露出していた古い時代の岩石(蛇紋岩や花崗岩)を覆って水中で噴出した火山岩が堆積した。その後隆起がおこって陸地となり、これらを貫いて地下からマグマが上昇してきた、という具合である。


図1:谷川岳周辺の地質図。主な岩石は次のように色分けされている。U: 蛇紋岩、m: 結晶片岩、G: 花崗岩、Jc, Jv, Jb, Bp, Oi: いずれもグリンタフの時代の火山岩類、qd: 花崗閃緑岩。20万分の1地質図幅「高田」の一部。地質調査所(現在の産業技術総合研究所地質調査総合センター)1994年発行。

 

 天神尾根でも西黒尾根でも、雨に濡れているわけでもないのに石が滑りやすいという記憶があるだろうか。それは登山道沿いに露出する岩石が蛇紋岩だからだ(図2)。蛇紋岩という岩石は尾瀬の至仏山にも露出しているが、軟らかく、削られやすく性質がある。その大部分を構成する蛇紋石という鉱物が軟らかいのだ。また、滑石(タルク)という名前のもっと軟らかい鉱物が含まれることもあり、名前の示すように、どんなに晴れていても滑りやすい石である。「モースの硬度計」というものがあるが、滑石は最も軟らかい硬度1、蛇紋石は2.5である。ちなみに最も硬い鉱物は硬度10のダイアモンドである。
 蛇紋岩は石灰岩より軟らかい。もともと滑りやすいのに加え、たくさんの靴に踏まれて少しずつ削られて磨かれてしまい、つるつるした表面になってしまっているのだ(図3)。蛇紋岩はもともとはかんらん岩という地中深くのマントルを構成していた岩石だ。これが上昇してきてH2Oと反応し、蛇紋石という鉱物が主体の岩石になったのだ。従って、深成岩でもあれば変成岩でもある。名前の通り、磨かれると蛇の模様のような暗い緑色の岩肌を見せている。ちなみに、蛇紋石、蛇紋岩は英語でそれぞれSerpentine、Serpentiniteという。語源のSerpent(サーペント)はヘビのことであるが、その中でも大蛇のことをさすらしい。Snakeより風格のある単語に感じる。

 谷川岳山頂付近、トマの耳、オキの耳の間には数十m以内の大きさのブロックとなった結晶片岩が3ヶ所ほど蛇紋岩中に取り込まれて分布している。この変成岩が変成作用を受けた時代は約3億年前と年代測定されている。なお、花崗岩は5000万年前くらいの岩石である。

 

図2:ざらざら表面の蛇紋岩。靴に踏まれていない。

 

 図3:踏まれてつるつるになった登山道沿いの蛇紋岩。



 クライミングの対象となる岩壁を構成する岩石は、最後に貫入してきたマグマが固結した花崗閃緑岩ではないだろうか。熱編成を受けた蛇紋岩を登るルートがあるとも聞いているが、私は登ったことがないのでわからない。花崗閃緑岩は花崗岩みたいなマグマが固まった岩石だ。これは500万年前に貫入したマグマであり、100万年間あたり1400mの速度で上昇、300万年前には200℃程度まで冷却した、ということがいろいろな種類の年代測定が行われた結果わかっている。まだ若い岩体だ。より古い時代の蛇紋岩は貫入してきた岩体の上に屋根状にのっているのだ。このようなものをルーフペンダントと呼ぶ。堆積岩や変成岩がのちに貫入してきた岩石の上に浸食を免れて取り残されているのだ。

 

図4:天神平より望む冬の谷川岳。手前に天神尾根と西黒沢。稜線の右側が急峻となっている。

 

 地形的には、一ノ倉岳と谷川岳を結ぶ稜線は著しく非対称だ(図4)。東側の急崖については、断層が起源だ、雪崩が浸食したんだ、いや氷河だ、といろいろな説が提唱されてきていた。なかなか詳しい調査がなされなかったが、ようやく10年ほど前、氷河があったという証拠が確認されたと発表されたばかりだ。氷河性の堆積物、モレーンらしきものが確認されたのだ。ここは氷食谷だったのだ。もちろん、現在では雪崩などの雪食を受け、今でも岩壁は浸食され続けている。それほどの豪雪地帯なのだ。この程度の中緯度でこの程度の標高で、これほどの残雪のある山は世界中でもほかにはないらしい。稜線東側の一ノ倉沢やマチガ沢(図5)、幽ノ沢いずれも頭部の岩壁の下にスラブ状の岩壁が続き、その下流の標高1000m付近で狭くくびれているのだ。氷河期には岩壁基部に雪崩がたまってできた“氷河”が削った氷食谷だったのだ。

 

図5:西黒尾根より見るマチガ沢の源頭部。ピークは蛇紋岩からなるオキの耳。下部は花崗閃緑岩の作る岩壁。

 

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