1.まえがき
鳥海火山は大きい.『一般に背弧側(海溝から遠い日本海側)の火山は小さいのに,なぜあんな所にあんな大きい火山があるのか?』と,1983年秋に軽井沢で開催された火山学会で,講演者が質問を受けていたのを記憶している.かつては,火山体の体積は国内では富士山に次ぐ,とされていたくらいである.火山体の周囲に分布する山体崩壊による堆積物を含めると,5万分の1地形図でちょうど2枚分くらいが“火山”である.
鳥海山は秋田・山形県境にそびえる,東北地方で2番目に高い山である(標高2236m).ところが,山をよく知っている人でも意外と答えられないのが“東北で最も高い山”である.岩木山,八甲田山,早池峰山,蔵王山,月山,朝日岳,磐梯山,飯豊山など,東北地方にはいわゆる名山・秀峰がたくさんあるのだが,今書き並べた山々は飯豊山を除くといずれも2000mに満たない山なのである.さて,その答えは燧(ひうち)ヶ岳(2356m)である.燧ヶ岳といえば尾瀬の山である.尾瀬の表玄関は群馬県側なので,一般に,尾瀬は関東,と思われている.正確には,尾瀬の至仏山はまるまる群馬県(関東),燧ヶ岳はすっぽり福島県(東北)に位置しており,尾瀬沼と尾瀬ヶ原が両県にまたがっているのである.燧ヶ岳は鳥海山と同じく火山である.東北地方では,燧ヶ岳と鳥海山のほかに標高2000mを超える火山は,岩手山(2038m,岩手県)と吾妻山(2035m,山形・福島県)だけである.このうち鳥海山以外はいずれも東北地方の脊梁山脈(奥羽山脈)上に位置しており,本当の火山の高さはそれほどはない.たとえば燧ヶ岳の麓は標高1100mもある.それに対し,鳥海山は日本海まで張り出しており,海岸線まで,いや,0m以下まで火山体である.
さて,このほど地質調査所から5万分の1地質図幅「鳥海山及び吹浦」(中野・土谷,1992)が刊行された.この地質図の紹介記事は,山の専門雑誌である「山と溪谷」(平成4年9月号)や「岳人」(平成4年10月号)にも掲載された.最近は山の自然について書かれた書物に,地質に関することに紙面が結構割かれていることもあり,地質学に携わる人間にとっては喜ばしいことである.ところが,残念なことに,地質調査所の地質図幅の説明書は専門用語が多く,専門外の人にはわかりづらい,いや,ほとんどわからないという難点がある.ここでは,地質図幅の内容をもとにして,鳥海火山がどのように形成されてきたかを簡単に解説してみたいと思う.
夕暮れの鳥海山
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