千町火山体:初期の千町北溶岩,黍生溶岩,黍生火砕岩と主活動期のダナの滝溶岩,神立原溶岩,大峰溶岩,朝日滝溶岩, 県境溶岩,千町溶岩に区分される.初期の噴出物はそのほとんどを主活動期の噴出物に覆われており,初期の活動の規模や,初期と主活動期の間に火山活動があったかどうかは確認できない.千町火山体すなわち古期乗鞍火山は,現在の権現池付近を中心に標高3,000mを越えるほぼ円錐形の山体を形成していたと推定されている.千町溶岩が構成する東南東−西北西に延びる千町尾根は,北側斜面(岩井谷側)が急傾斜,南斜面が緩傾斜を示す非対称な尾根であり,北側の急斜面は崩落崖である可能性が高い.岩井谷より北側に分布していた山体はのちの休止期に発生した崩壊により失われたと考えられる.これに対応する崩壊堆積物は認められていないが,新期の噴出物に覆われているか,堆積物が長くとどまるような平坦な地形が存在しなかったためであろう.そのほか,権現池の南南東も大規模に崩壊したと推定される.千町火山体は普通輝石紫蘇輝石安山岩質の溶岩流を主体とし,少量のデイサイト質の溶岩も認められる.現存する体積は約7.9立方km,復元すると推定最大22.6立方kmであり,山体の半分以上が失われている.

古期乗鞍火山の復元図(中野ほか,1995)
円錐形の火山体(破線)を推定した.数字は基盤の標高.網部は新期乗鞍火山の噴出物. 矢印は溶岩流の推定流下方向. Y:四ッ岳,E:恵比須火口,G:権現池火口.

 

烏帽子火山体:約60万年の休止期の後,千町火山体が崩壊して失われた北部に成長した火山体である.下部の成層火山をつくる烏帽子溶岩とその上位の富士見溶岩,桔梗ヶ原溶岩,摩利支天溶岩,前川溶岩,大黒溶岩からなる. 溶岩流原面に近いと思われる緩傾斜面から山体を復元すると,少なくとも現在の四ッ岳付近と恵比須岳〜摩利支天岳付近の2ヶ所を噴出中心とする,標高2,800−2,900mに達する火山体であったらしい.現在の四ッ岳の北と東には噴出物が分布しないが,この部分は崩壊により失われたと考えられる.北東の十石山が独立した山体に見えるのはそのためである.北部の硫黄岳−大丹生岳−烏帽子岳−猫岳−大崩山の稜線は,北に開いた直径約2kmの凹地形を形成し,後に形成された四ッ岳溶岩ドームを取り囲む外輪山のように見える. 神津(1911)以来,四ッ岳を中央火口丘として位置づけ,この地形をカルデラとする考えがある.この凹地形が開いた北方には大規模な崩壊堆積物は認められないが,浸食・運搬作用が大きいことからそのほとんどが北方の平湯より下流へ持ち去られてしまっていると考えられる.同様に,恵比須岳を取り囲む大黒岳−富士見岳−里見岳を,北西に開いたカルデラ地形とする考えもあるが(神津,1911),これも浸食・崩壊により拡大した地形であろう.火山体を構成する溶岩は,黒雲母・石英・かんらん石斑晶を含む角閃石普通輝石紫蘇輝石安山岩(または紫蘇輝石普通輝石角閃石安山岩)を主体とし,角閃石・黒雲母に富むガラス質デイサイトとの複合溶岩流をなすことがある.火山体の現存する体積は約10.7立方kmであるが,復元すると最大17.6立方kmと推定される.

古期乗鞍火山の復元図(中野ほか,1995)
円錐形の火山体(破線)を推定した.数字は基盤の標高.網部は新期乗鞍火山の噴出物. 矢印は溶岩流の推定流下方向. Y:四ッ岳,E:恵比須火口,G:権現池火口.

 

四ッ岳火山体:烏帽子火山体の浸食の後,その中に噴出した溶岩ドームおよび溶岩流である(四ッ岳溶岩).溶岩ドーム部は,比高約250m,基底の直径約1kmであり,複数の溶岩ローブからなる.その中には溶岩ドームの形成途中で生じた崩落崖も見られる.溶岩崩壊によって発生した火砕堆積物は確認していない.岩質は黒雲母・かんらん石を含む紫蘇輝石普通輝石角閃石安山岩であり,石英を含むこともある.溶岩ローブごとの岩質の違いは認められない.特に溶岩ドーム部では同源捕獲岩に富んでいる.噴出量は約0.45立方kmである.

四ッ岳溶岩ドームの構造
1から順に噴出して成長した.

 

恵比須火山体:烏帽子火山体の浸食の後,その中に噴出した火山体である(恵比須溶岩).噴出中心には直径350−400mの明瞭な火口(恵比須火口)を持つ溶岩ドーム状の溶岩丘がある.火口縁までの比高約150m,基底部の直径は約1kmであり,火口壁には顕著な成層構造は認められない.恵比須火口の形成は本火山体の活動の末期であろう.岩質は,かんらん石・黒雲母・石英斑晶を含む普通輝石紫蘇輝石角閃石安山岩である.溶岩流表面の溶岩堤防や溶岩じわが明瞭で,空中写真判読から主に2つの溶岩ローブからなることがわかる.噴出量は約0.53立方kmである.なお,尾関ほか(1997)は恵比須火口を給源とするテフラ(恵比須岳テフラ)を識別し,このうち最上部のものを約2000年前と推定している.さらに,恵比須溶岩は乗鞍火山における最新のマグマ噴火であると位置づけている.

権現池・高天ヶ原火山体:高天ヶ原付近および権現池火口付近を中心に活動した火山体であり,濁川溶岩,前川本谷火砕流堆積物,高天ヶ原火砕岩,番所溶岩,ダナ真谷溶岩,平金溶岩,位ヶ原溶岩,嶽谷溶岩,ダナ東谷溶岩,剣ヶ峰溶岩,屏風岳火砕岩,岩井谷溶岩に区分される.大部分は5万年前以降の噴出物である.初期の噴出物では火砕物が卓越している.岩質は普通輝石紫蘇輝石安山岩および紫蘇輝石デイサイトであるが,後期になるとかんらん石・石英を含むことがある普通輝石紫蘇輝石角閃石安山岩も出現する.乗鞍高原をつくる番所溶岩の体積は約0.63立方kmと見積もられ,単一の溶岩流としてはこの火山体中で最大である.火山体全体の噴出量は約2.0立方kmと見積られる.なお,最新の溶岩噴火(岩井谷溶岩)については,これに対比されるテフラ層の炭化木片から奥野ほか(1994,1995)により14C年代が得られており,それによると9400-9000年前(暦年代に較正)のことである.その後は本質物の噴出を伴わない水蒸気爆発を中心にした小規模な活動が繰り返されている(守屋,1983).

 

  

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