立山火山を知る 3 五色ヶ原編

 

 

1. 五色ヶ原を目指して室堂山へ


さあ次の朝、五色ヶ原を目指そう。天気がよければ登山者の少ない南側の室堂山経由の稜線沿いに浄土山をに登る。古い時代の岩石が累々とした山だ。室堂山までは溶岩の側端に沿って登っていくが、溶岩の上には氷河が運んで残していった大きな岩があったり、溶岩の表面に氷河が削った擦痕という傷跡が見えることがある。ただし、登山道を外れてまでは見に行かないこと。溶岩は黒っぽいか赤っぽいが、それ以外の岩石は白っぽく、浄土山を作る岩石と同じようなものも多く、簡単に見分けがつく。

やがて平坦になってたどり着く室堂山はちょうど立山カルデラの縁に当たる。天気がよければカルデラの中ほどにある〈新湯〉が見える。〈ザラ峠〉も見える。戦国時代、佐々成政が徳川家康に助けを請うために冬にザラ峠を越えたという伝説がある。その時に持っていた財宝をどこかに隠してあると言われている。財宝探しには多くの人が興味を引かれるのだが、これはそもそも作り話しなのだろうか。

 

2. 立山カルデラ


何年間かの調査の結果、立山カルデラは浸食によって拡大した浸食カルデラであると考えている。以前は、東側の長野県や関東平野まで降り積もった火山灰、そして、称名滝を作る火砕流が大きな噴火で噴き出してカルデラができたとされていた。もしそういうカルデラがあったとしてももっと小さなもので、現在の立山カルデラはその後に大きく広がったものだ、というのが私の結論だ。

立山カルデラの大きさは東西6.5km、南北5kmだ。現地に行けば「立山カルデラ」と大きな看板も立っているし、麓には立山カルデラ砂防博物館もある。カルデラの成因は別にしてもしっかりと定着した地名である。阿蘇(熊本県)や十和田湖(青森県)のカルデラなど、大規模な火砕流を噴出して陥没した陥没カルデラとはその成因が異なる。カルデラにもいろいろなでき方があることはもう一度理解しておいてほしい。

 

3. あこがれの五色ヶ原へ


室堂山から浄土山を経て五色ヶ原に向かう。ずっと稜線を行く快適な登山道だ。浄土山からはアップダウンを繰り返し、室堂平から6時間ほどはかかるだろう。お花畑があったり、早い時期にはまだ雪渓が残っていたり、変化に富む登山道も楽しみだ。

最後に五色ヶ原手前のザラ峠に向けて一気に下らなければならない。そして峠からは緩い登りで五色ヶ原に着く。その手前に溶岩や火砕流の地層が右手のカルデラ側の上部に見えてくるのだが、その延長が高原上にも続く小さな断差に繋がっているのがわかるだろう。
かつては室堂山と五色ヶ原の間に標高3000mを越えるような山があったと推定されている。今は立山カルデラに削られてしまった。そこから氷河が流れていたのだが、今ではその痕跡は氷河に置き去りにされた大量の岩塊や砂や泥の層だけである。

北東上空より見る五色ヶ原 。左奥は薬師岳。


4. 五色ヶ原


五色ヶ原は雪渓が遅くまで残る恩恵を受け、飲料水が豊富で山小屋には昔から登山客が利用できる風呂がある。ここには何度もお世話になった。もちろん温泉ではなく、石鹸も使用禁止だが、汗水垂らしてたどり着くとこんなにありがたいことはない。翌日はのんびりとお花畑の高原を散策しよう。鷲岳や鳶岳に登るとそこはカルデラの縁で、西側がすぱっと切り落ちている。カルデラ内のいろいろな場所の工事現場もよく見える。

ところで五色ヶ原は熊がよくでるらしい。早朝の山小屋周辺でよく目撃されるという。南側の谷沿いの調査に出かける時、そこへ行くと熊がいるよ、と小屋主から脅かされた。その谷で、立山火山で唯一の岩脈を発見できた。そのうれしさの直後、同行していた若者が「あわわ、あわわ」と訳のわからない奇声を上げた。先行して歩いていた私が振り返ると、若者は溶岩の上にひっくり返り、後を指さしていた。少し上の草むらには黒い物体が・・・。カメラを構える暇もなくさっと逃げてしまったが、小屋主の言うとおり、その谷には熊がいたのだった。

五色ヶ原に行くなら、日程に余裕をとってぜひのんびり過ごしてほしいものだ。また同じ登山道を戻らねばならない。私たちのような地質調査では、日数が多くなると必然的に採取した岩石試料が増えていく。普通の登山ならば食料が減って軽くなる荷物が、逆に増えていくのだ。いちばん最初に訪れた夏、採取した試料を一斗缶に詰めて若者と二人で持ち帰ろうとした。それを見た小屋主がその荷物を持ち上げ、これは無理だよ、と。そして、ヘリコプターで一緒に下ろしてくれると。何ともありがたい話しだった。

帰りの体力に余裕があれば、浄土山から立山三山を縦走して室堂平に戻るのがよい。室堂平や地獄谷を見下ろすことができ、遠くに白馬岳や鹿島槍ヶ岳だけでなく、槍・穂高連峰や乗鞍岳なども望めるのだ。ただし、私は雄山の山頂には行ったことがないのが悔やまれる。山頂直下の社務所でお金を払わねばならないのだ。そこまでケチすることはなかったのだが。

地元の富山県人はみんな雄山山頂まで登るそうだ。我が家によく遊びに来る富山県育ちの小学生が自慢げに、そしてにこにこうれしそうに話してくれた。

五色ヶ原。日本の火山データベースより。

 

池塘が広がる五色ヶ原 。奥に針ノ木岳。日本の火山データベースより。

 

五色ヶ原を作る厚い溶岩に発達する節理。

 

五色ヶ原の最上部を覆う氷河性の堆積物。

 

 

次へ(立山カルデラ編)

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