山と高原のみずうみ

3.高山湖から湿原へ

 カルデラ湖のような大きな高山湖でも外側斜面に川が刻まれ、やがて排水して消滅することもあります。こうして湖が完全に干上がったカルデラの代表例として九州の阿蘇カルデラが挙げられますが、その地下にはかつて存在した湖にたまった堆積物や火山の噴出物が厚くたまっています。富士山麓、忍野八海の一帯もかつては湖でした。高山湖は例外なく、土砂の流入と植物の侵入で徐々に縮小し、やがては草地に変化して消滅してしまいます。高山湖が形成された作用があったと同様に、つねに消滅に向かう作用が働いています。その過程で湿原が形成されることがあります。飛騨山脈では先に述べた立山周辺の弥陀ヶ原や五色ヶ原、雲ノ平などに見事な湿原ができています。全国で言えば尾瀬ヶ原が抜群の知名度です。そのほかにも八幡平、苗場山など、大小合わせれば日本列島にはたくさんあります。高層湿原の南限は霧ヶ峰の八島ヶ原湿原です。それらの多くは多雪地帯で火山地域です。日本列島の湿原の分布は偏っています。それは、泥炭が生産されやすい条件として、水はけが悪く浅い凹地や平坦面が火山にはできやすいからです。また、降雪によりもたらされる豊富な融雪水が湿原の形成に重要な役割を果たしています。泥炭は、植物が分解しにくい環境、すなわち、微生物の発育の悪い寒冷地でできやすいのです。植物の生産量が枯れた植物の微生物分解量を上回る場所です。できやすいと言っても泥炭の堆積速度は厚さにして年に1mm程度です。

五色ヶ原の池溏群(富山県)。2007年撮影

苗場山の池溏群(新潟県)。2002年撮影

 湿原ができるためには、もちろん平坦な地形が必要ですが、水が多すぎると池や沼になり、少なすぎるとすぐに草原や林になってしまいます。周囲から土砂の流入が多くなるとすぐに干上がってしまい、湿原は生き続けられません。高山の湿原もやがては乾燥し、山地草原や森林に移行していきます。

 湿原には、低層湿原、高層湿原、その中間の中間湿原という区別があります。生育する植物の名前をとって高層湿原をミズゴケ湿原と呼ぶこともあります。湿原では、枯れたり倒れたりした植物が分解せずに堆積して泥炭ができますが、水面より下に泥炭ができるのが低層湿原、上にできるのが高層湿原です。標高の高いところにあるかどうかではありません。低層湿原では地下水の供給を受け、水質は酸性にはならず栄養分に富み、ヨシやスゲ類が発育します。それに対し、高層湿原では土壌は酸性となり、貧栄養状態になり、それに耐えうるミズゴケが生育します。低層湿原もやがて泥炭層が厚くなり植物が下から水分・養分を吸収することが困難になるとミズゴケが生育するように変わっていきます。

 地質学的な要因に加え、水が豊かな日本の山だからこそ、多くの高山湖や湿原が形成されたのは間違いありません。しかし、地質学的な時間尺度では高山湖や湿原の一生は大地の変化のほんの一瞬に過ぎません。

「岳人」1998年6月号(no.612)
特集“山上湿原を訪ねて”より
 

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