5.もし噴火が起こるなら

 歴史時代の噴火は,すべて荒神ヶ岳から七高山にかけて起こっていたと考えてほぼ間違いなさそうである.したがって,もし今後噴火が起こるとすれば,やはりこのあたりを中心にした活動である可能性が大きい.新山が形成されて,マグマが上昇してくる火道に蓋をしてしまったようにみえるが,これは決して後カルデラ活動の終了を意味するわけではない.また,これまでの噴火の間隔は10数年から150年であることから,今後いつ噴火が起ころうと不思議ではない.


 1974年の噴火では被害はほとんどなかったが,過去の記録をみると,河川の水質が変化し魚が死んだり,降灰によって農作物が被害を受けたり,泥流が発生している.人的被害は,新山形成のときに,火口から放出された噴石に当たって山頂付近にいた登山者8名(向こう見ずの野次馬?)が落命したと記録されているだけである.


 鳥海山で噴火が起こった場合,降灰,噴石,泥流(特に積雪期は融雪による),溶岩ドームまたは溶岩流の発生などが予想される.山体崩壊に関しては予想がつかないので,ここでは触れない.降灰に関しては,堆積物として残っていないため,過去の噴火についてはほとんどわからない.歴史時代で最も規模が大きいと思われる1800-1804年の噴火では,山頂部でもわずかに30cm積もった程度という.しかし,秋田県中央部まで降灰があったことが記録されており,降灰等による河川の汚濁は白雪川水系のみならず,周囲のすべての河川に及んだようである.爆発的噴火が起こると,火口からは噴石を吹き飛ばすことが多い.爆発の程度にもよるが,噴石の到達距離は1kmを超えることはまずないので,火口周辺に近づかない限り危険はない(ただし,桜島では火口から3km離れた地点まで噴石が到達したことがある).泥流は,多雨期のほかに,特に積雪期の融雪によって規模の大きな泥流が発生することが予想され,流下距離が長いとカルデラ内の鳥越川(西)と赤川(東)を流下する.両河川は白雪川に合流して象潟平野に達する.白雪川中流域にかけて(上流は中島台の北まで)広がっている扇状地堆積物(大沢ほか,1982)の少なくとも一部は,このような泥流であると思われる.規模が大きい場合は日本海まで達することもあるかもしれない.山頂付近で溶岩の流出があった場合は,安山岩質であるので流出速度はそれほど早くない(歩くよりははるかに遅い).これまでは,カルデラ内の溶岩は標高600m付近(中島台)までしか流下していない.ところで,溶岩の粘性が高い場合は,溶岩流として流下せずに溶岩ドームを形成する.新山溶岩ドームの形成時に,雲仙普賢岳の溶岩ドーム(1992ー93年)のように,崩落による火砕流が発生した可能性も否定はできない.しかし,そのような記録もないし,そのような堆積物も認められず,その可能性は低いと思われる.仮に溶岩崩落による火砕流が発生したとしても,その本体はカルデラ壁を越えずにカルデラ内を北に,鳥越川と赤川に囲まれた範囲を流下すると予想される.最も近い麓の集落や耕作地まで山頂からの距離は約14km,落差2.0kmである.雲仙普賢岳の火砕流では最大到達距離は約6km,落差1.2km程度であるので,よほどの規模でない限り麓まで達することはなさそうである.

 

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