山と高原のみずうみ

2.高山湖のでき方

みずうみのでき方。『岳人(1996年8月号)』の図を改変。
火山には火口・カルデラと噴出物のせき止めの種類がある。

 高山湖はどうやってできるのか、すなわち、凹地が形成される要因で分類し、飛騨山脈を中心に主な例を挙げてみます。ただし、湖沼の成り立ちには一つの要因だけが働いてできたとは限りませんし、ここに挙げていないほかの要因もあるでしょう。

【氷河】最新技術によって飛騨山脈北部(富山県、長野県)に次々と氷河が確認されてきていますが(2019年までに7箇所)、すでに移動する氷がなくなった“氷河”の名残はもっとたくさんあります。氷河があったことを示す地形としてカール(圏谷)やモレーン(堆石)があります。氷河に削り取られた岩塊は氷河の末端に運搬されてモレーンを形成し、氷河が消え去るとモレーンに囲まれた凹地やカールの底に水がたまることがあります。これらは氷河湖とか氷食湖と呼ばれ、氷河時代の遺跡です。狭義にはU字谷にたまった湖沼を指しますが、そういうものは日本にはありません。飛騨山脈では野口五郎岳の五郎池や槍ヶ岳付近の天狗池、木曽山脈の駒飼ノ池と濃ヶ池はカール底にたまった小さな氷河湖とされています。ただし濃ヶ池に関しては、山岳信仰が盛んな時に水を確保するために人為的に造られた可能性がある、とも指摘されている。

鳥海湖(鳥海山)。1989年撮影(日本の火山データベースより)

正賀池(焼岳)。1995年撮影(日本の火山データベースより)

【火山】火山が噴火してできた火口のほとんどは円形や楕円形をしています。小さいものだと直径が10m以下ですが、直径が概ね2kmを超えた大きなものはカルデラといいます。一般に古いカルデラや火口ほど取り囲む斜面は緩やかになっています。これらの中にできた湖沼をカルデラ湖とか火口湖といいます。立山室堂のミクリガ池・ミドリガ池、鷲羽岳の鷲羽池、乗鞍岳の権現池、焼岳山頂の正賀池、御嶽山の二ノ池・三ノ池などです。飛騨山脈以外では鳥海山の鳥海湖、蔵王の御釜、吾妻山の五色沼、草津白根山の湯釜、白山の翠ヶ池などがきれいな形をした火口湖です。小さな火口が連なって小さな湖沼(火口湖)が並んでいくつも見られる例は、大雪山、知床の天頂山、八幡平を思い出します。飛騨山脈にはカルデラ湖はありませんが、大型のカルデラ湖は北海道や北東北に多く、支笏湖、洞爺湖、屈斜路湖、摩周湖、十和田湖、田沢湖などです。これらの火山ではかつての大噴火で火砕流が発生し、陥没してできたカルデラの周囲に火砕流が厚く堆積して緩やかな斜面が広がりました。なお、カルデラ底の一部だけが湖沼となっている場合は、大型のカルデラ湖と区別して火口原湖ともいいます。北関東、榛名山の榛名湖や赤城山の大沼などはその例です。

翠ヶ池(白山)。2016年撮影(日本の火山データベースより)

摩周湖。2019年撮影(日本の火山データベースより)

榛名湖(榛名山)。2019年撮影(日本の火山データベースより)

【重力性正断層】高い山の稜線付近には、舟窪あるいは雪窪などと呼ばれる線状の凹地が稜線と平行にできていることがあります。これらを多重(二重)山稜または線状凹地といいますが、山が動いて正断層によってずれてできたものです。山が急激に隆起すると上昇した山が自分の重さを支えきれずに側方へ膨らみ、稜線部分が落ち込んで生じた崖(断層崖)が二重三重の稜線のように平行に並んでいます。これらの崖はあまり長くは続かず、ここにできた凹地には細長く延びた小さな池がよくできます。蝶ヶ岳から長塀山付近の蝶ノ池や妖精ノ池などはその典型といわれます。そのほかにも烏帽子岳(裏銀座)周辺のいくつもの池、立山別山の硯ヶ池、白馬鑓ヶ岳南方の天狗池なども重力正断層に囲まれるので、そういうものでしょう。北関東では上州武尊山の山頂付近にもあり、断層地形も明瞭です。

多重山稜(蝶ヶ岳)。1996年撮影

三ツ池(武尊山)。2008年撮影

【せき止め】せき止め湖(天然のダム湖)は、さまざまな要因で形成されます。火山から流れ出た溶岩流や火砕流が直接、河川をせき止めたり、地すべりや地震による山崩れで斜面の土砂が移動してせき止めることもあります。前者は火山活動によるものですので、火山作用に含める分け方でもよいです。河川を直接せき止めなくても、谷への土砂の移動で凹地ができればやがてそこには水がたまるので、そういうものも含めます。火山活動によってせき止められた例としては、溶岩ドームができてその麓にできた浅い凹地にできた白馬大池や風吹大池、溶岩流がせき止めた乗鞍岳の五ノ池や大丹生池があります。立山カルデラ内にある多枝原池は、安政5年の地震による土砂崩れ(鳶崩れ)でせき止められて生まれた池です。また、大正4年の焼岳の噴火の際には、流れ出た土砂(土石流)が梓川をせき止めて大正池をつくったことは有名ですが、上高地そのものも、焼岳火山が成長してもともと西側(飛騨側)に流れていた梓川の流路をふさぎ、湖となっていたのです。上高地はやがて南側に排水されて現在のような姿に変わりました。乗鞍岳の五ノ池は溶岩流が谷の源頭部をせき止めたもの、不消ヶ池もその類でしょう。飛騨山脈以外では、尾瀬沼は尾瀬燧ヶ岳の火山活動(山体崩壊)が只見川をせき止めて形成された湖沼です。中禅寺湖は男体山の溶岩流がせき止めてできました。その溶岩流に懸かるのが華厳の滝です。また、明治21年の会津磐梯山の噴火では小磐梯が崩れ、裏磐梯に桧原湖や秋元湖のほか、多数の湖沼が生まれました。朝日山地の大鳥池、知床の羅臼湖も地すべりによってできたとされています。

風吹大池(風吹岳)。1998年撮影 (日本の火山データベースより)

羅臼湖(知床、知西別岳)。2010年撮影

【起伏の少ない平坦面】地すべりや山崩れなどで斜面を移動した土砂の堆積物は谷をせき止めるだけでなく、その表面に凹地ができると小さな湖沼や池溏・湿原が形成されることがあります。高天原付近の水晶池や竜晶池などはこのようなものです。最も広範囲に湖沼や池塘群が形成されているのは、溶岩流や火砕流などが堆積してできた起伏に乏しい台地の上です。例えば、立山の弥陀ヶ原や五色ヶ原、雲ノ平の池溏群がこれにあたるでしょう。飛騨山脈以外では八幡平や苗場山の山頂付近、そして山形県南部の吾妻山には明星湖や名月湖という名前で呼ばれる小さな池があります。その湿原には池溏がたくさんありますが、名前がついていない小さな湖沼もたくさんあります。

明星湖(吾妻山)。2002年撮影

【構造運動】高山湖とはいわないでしょうが、規模の大きい地殻変動(褶曲、隆起や断層変位など)によって形成された湖沼があります。フォッサマグマ西縁の糸魚川静岡構造線の断層活動によって、仁科三湖(青木湖や木崎湖など)や諏訪湖が形成されています。このようにしてできた湖沼を構造湖と呼ぶようです。会津の猪苗代湖は断層運動とその後の火山活動によるせき止めによって形成されています。

【人造】ここに並列するのはかなり疑問ですが、飛騨山脈中にも黒部湖や高瀬湖などの巨大なダム湖(人造湖)があります。もともとは天然のせき止めでできた上高地の大正池も、下流側に堰堤を造らなかったら、あるいは、冬期の浚渫を行わなければ、数年ないし十年もすればただの川に戻るでしょう。今の状況はほとんど人造湖に近いのではないでしょうか。尾瀬ヶ原のダム計画は完全に破棄されましたが、群馬県北部の野反湿原はダム建設により野反湖となってしまいました。また、黒部川源流部のダム計画が残っていることを20年ほど前ですが山小屋で聞きました。現実的にはこの計画は実現しないでしょうけど、まだ完全撤回されていないのでしょうか。

黒部湖(黒部川)。1997年撮影

高瀬湖(高瀬川)。1998年撮影

野反湖(中津川)。2020年撮影

 

次章(3.高山湖から湿原へ)

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